〜後期高齢者の私とAIの付き合い方〜
近年、急激に「生成AI」に関する情報が溢れかえっていますが、この生成AIは「誰がどう活かすか」がまだはっきり出来ていないと思うんです。
仕事の効率化や人手不足の補完として活用するのか? それとも私のような後期高齢者の愉しみとして、また生活の一部として利用するのか?
個人的には、残りの人生を快適に愉しく過ごすための「相棒」のような存在となりつつあります。
具体的には、例えば以下のようなことです。
近年、急激に「生成AI」に関する情報が溢れかえっていますが、この生成AIは「誰がどう活かすか」がまだはっきり出来ていないと思うんです。
仕事の効率化や人手不足の補完として活用するのか? それとも私のような後期高齢者の愉しみとして、また生活の一部として利用するのか?
個人的には、残りの人生を快適に愉しく過ごすための「相棒」のような存在となりつつあります。
具体的には、例えば以下のようなことです。
■ 頼れる編集者としてのAI
ブログの文章チェックや、加筆・編集の相談相手になってもらっています。 自分が書いた文章のニュアンスを汲み取り、より伝わりやすい表現を提案してくれる。一人で机に向かって書いているけれど、まるで優秀な編集者が横にいてくれるような心強さがあります。
また、ブログの文章に合わせた「イメージ画」も創作してもらっていますが、これが結構難しい!
■ ボキャブラリーで変わるAIの絵
イメージを如何に描いてもらえるかは、個人のボキャブラリーの多寡によって変わってきます。
前回書いた「免許証返納は?」の記事に添付したアイキャッチ画像は、実は変更後のモノでした。 はじめに「後期高齢者の移動手段のイメージ画描けますか?」と頼んだら、こんなイメージ画を描いてくれていたんです。

『後期高齢者の移動手段』のイメージ画その1 (Geminiにより生成)
「こりゃどこの町だろう?」という風情の絵だったので、「できれば都会的な背景でお願いできますか?」って頼み直した結果が、下の写真です。

移動手段を「都会的な背景でお願い」した結果(Geminiにより生成)
■ 自分の言葉で対話を重ねる知的な遊び
まだまだ、本来の活用には程遠いんですが、「これも出来る、あれも出来る」となるプロセスそのものが愉しみです。 やっぱりAIって、個々人の使い方ひとつで精神的にも豊かになれそうで、有難いですね。
年齢を重ねて行動範囲が狭くなっても、AIを使えば自分の頭の中の世界は無限に広がっていきます。
「難しそう」と敬遠するのではなく、自分の言葉で対話を重ねる知的な遊びとして、これからも生成AIを深く愉しんでいきたいものです。まだまだ、本来の活用には程遠いんですが、「これも出来る、あれも出来る」となるプロセスそのものが愉しみです。 やっぱりAIって、個々人の使い方ひとつで精神的にも豊かになれそうで、有難いですね。
今日も、「ジェミニさん」にイメージ画も文章のチェックや加筆校正も手伝ってもらっての完成でしたが、自分では十分満足しています。

